ちかといえば手のこまない、一本一本|絃《いと》の音をよく聴かせようとする、テンポの早くない箏を、用いさせようというのには、よほど劇場当事者によい印象を与えていることを思わなければならない。これは、真の箏曲というものを、一般に認識させる上に、非常な良好な機会だと思った。しかし、また、冷静に考えて、「虫」であるというには、尺八《ふえ》が主になることもあり得べきことだが、尺八《ふえ》ばかりではまとめてゆけないから、ある部分は尺八《ふえ》に譲っても、結局箏を主にすることになると考えた。
猿之助も、その間《かん》のことはよく知っている。
「浜子さんをお願いする以上、あの方の芸術、あの方を、いわゆる芸人あつかいには決してしません。あの方が、好意をもって出てくださることを、『虫』は別番附《べつばんづけ》にしますから、あの方の待遇は別に御出演下さる口上《こうじょう》を書いて添えます。座方《ざかた》からも、決して失礼のないように、楽座の席も別につくらせます。それでもいけなければ、作曲して下さるだけでもよいから。」
私は、猿之助の気持を嬉しいと思った。そこまでに事を運び、主張を通すのは、なかなかな誠意
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