ない。私の大形ブックの幾|頁《ページ》かも、古い詩句の中から、およそ、これはと眼にとまり、心にとまるものを抜きだして、書いておいたか知れないのだった。
 前にも書いたかも知れないが、彼女が、何処か『源氏物語』のなかの、明石《あかし》の上《うえ》に似ているので――気質もそうであれば、箏の名手でありながら、我から聴かそうとは決してしない。それに、容貌《きりょう》も立ちまさっているのではないが、人柄が立ちまさって見える点など、私は、彼女にそんな事をいったこともある。彼女もその評は、嬉しくないこともなかったのだ。そしてまた、彼女の趣味も、その精神《おおね》は、王朝時代のものであった。私は、もちっと古く遡《さかのぼ》って、もっとずっと、今日《こんにち》よりも新らしくと言うので、ともするとくいちがうのだが、「朱絃」は、ともかく納まった。彼女の門下はみな、朱絃――朱《あか》い絃《いと》の十三絃をもちいることにした。
 覚悟はよいか? そんなことばではないが、私は時おり、もはや、後退してはならないと、生活に余裕のありすぎる彼女に、回避的になりがちな用心癖を警戒した。が、それほど熾烈《しれつ》に、芸術的
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