替手《かえで》というものとは違った意味で――」
箏の調子を低くしろということは、これは凡手《ぼんしゅ》には言えないことだ。限りのある柱《じ》のおきかたであるから、低くするには、絃《いと》の張りかたをゆるめるよりほか手はない。してまた、ゆるめた絃は最も弾《ひ》きにくいのだ。第一、爪音《つまおと》が出ない、下手《へた》に強く爪《つめ》をあてれば柱《じ》が動き出す。
「荘重な音《ね》を出す工夫は――」
鼓村師の独特の爪でなければ――だが、鼓村師のはまた格別な品《もの》だ。象牙《ぞうげ》の、丸味のある、外側を利用して、裂断《さい》た面の方に、幾分のくぼみを入れ、外側は、ほとんど丸味のあるままで、そして、爪《つま》さきの厚味は四分《しぶ》もあるかと思われる、厚い、大きな爪だ。それなればこそ、撫《な》でるような、柔らかな、霰《あられ》のたばしるような、怒濤《どとう》のくるような響き――あの幽玄さはちょっと、再び耳にし得ない音色《ねいろ》だった。
「あああれは、あの人でなければ出来ない。」
そうはいったが、浜子も、その事も考えてもいたのだ。
「この音色で、非力《ひりき》なわたくしの爪音《つまお
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