いうことから例外すぎるのだったから。
「海なら、佃《つくだ》からでも、あたしの宅《うち》の座敷からも見えるのに。」
「うん、でも、歩いて見たかったの、芒村《のげむら》から、横浜|新田《しんでん》を眺めた、昔の絵が実によかったものだから。」
そんなことつけたりで、先刻《さっき》、横浜駅前の(現今の桜木町《さくらぎちょう》駅)鉄《かね》の橋を横に見て、いつもの通り、尾上町《おのえちょう》の方へ出ようとする河岸《かし》っぷちを通ると、薄荷《はっか》を製造している薄荷の香《にお》いが、爽快《そうかい》に鼻をひっこすった、あのスッとした香《か》を思いだして、私は一気に言った。
「坪内先生の浦島ね、竜宮のところだけ、作曲してもらいたいの。」
「だめ、だめ。」
浜子は強い近眼鏡を光らして、呆《あき》れたように、
「あなたは、あたしを買いかぶりすぎている。」
「いいえ、臆病だとさえ思っている。他《ほか》の人は、七、八|分《ぶ》もった才能を、十二分にまで見せている。浜子さんは、十二分にもっているものを、一、二|分《ぶ》しか見せない。それも、よんどころない時だけにね、けちんぼ。」
それっきりで、二人
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