」
「ああ、凌雲閣《りょううんかく》?」
まあ、なんて綺麗なのだろうと、二人は夜の、浅草公園の裏から見る、思いがけない美観に見とれた。
――楽劇「浦島《うらしま》」!
私の頭のなかに、いつか手をつけて見たい、大きな望みがその時、かすめて過ぎた。
楽劇「浦島」の一部分上演を、坪内先生から許されたのは、それから二、三年|後《のち》だった。
浦島は六代目菊五郎、狂言座第一回を帝劇で開催するときだった。
作には、箏《こと》の指定はないのだ。各種の三味線楽と、雅楽類だったのだが、私は、おゆるしをうけて、浜子の箏を主にして、三味線は一中節《いっちゅうぶし》の新人西山|吟平《ぎんぺい》、雅楽は山之井《やまのい》氏の一派にお願いしようとした。
だが、なんといっても箏の浜子を説きおとすことが一番の難関なのだ。
わたしはぶらりと行って、なんでもないような顔をして、彼女を散歩に引き出した。伊勢山《いせやま》の太神宮《だいじんぐう》の見晴しに腰をかけた。
「何をそんなに眺めているの。」
「海を。」
彼女は、何かわたしが計画《たくら》んでいるなと見破っていた。わたしが突然に行って、歩こうなぞと
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