ど》の夢の賤夫《しずのお》と、翠扇役の夢に王妃となる奴婢《みずしめ》とが、水辺《みずのほとり》に出逢うところの打合せをした。猿之助の父は段四郎で踊りで名の知れた人、母のこと女《じょ》は花柳《はなやぎ》初代の名取《なとり》で、厳しくしこまれた踊りの上手《じょうず》。この二人が息子のために舞台前に頑張《がんば》っている。鼓村さんは息子が踊りで叱《しか》られるのまでハラハラして、その方へ気をつかうので、琴柱《ことじ》をはねとばしたりした。
「おや、おや、どうも。この方が乱れて――」
と、温厚な段四郎は、微笑しながら飛んだ琴柱を拾いに立った。可愛らしい鼓村は、大きな、入道《にゅうどう》のような体で恐縮し、間違えると子供が石盤《せきばん》の字を消すように、箏の絃《いと》の上を掌《てのひら》で拭《ふ》き消すようにする。
浜子の方に狂いはない。その日の帰りに、千束町を出ると夜暗《よやみ》の空に、真赤な靄《もや》がたちこめて、兀然《こつぜん》と立ちそびえている塔が見えた。
「あれは、なんだろう。」
私は、すこしぼんやりしていて、見詰めて立ちどまった。
「公園裏の方にあたるから――十二階でしょうよ。
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