れを、傍らで見ていた大出勾当の母親は、
「なにを馬鹿なことをいうんだ。稽古というものは、教えて見て、弾けるか弾けないかで断わりもするが、小さいから大きいからっていうことはない。大人《おとな》だって覚えない奴もある。子供だって、覚えようって来たものを、手筋も見ないで帰す馬鹿があるかッ。」
と、巻舌で息子を罵《のの》しった。その見幕《けんまく》に、泣き出すかと思った子は、ちょこちょこといって箏の前へ坐ったのだった。
「大出さんは、手ほどきのお弟子ですけれど、浜子さんには敬意をもっていました。いつか、横浜で、その勾当さんの会があったとき、箏を抱《かか》えてゆく浜子さんに附いていったらば、行くとすぐ、あの人の番にして、誰も彼も謹聴です。箏のお師匠さんのお盲目さんたちが、コチコチに堅くなって、背中を丸くして聴いていました。ある時、お父さんが、浚《さら》っている音色《ねいろ》をきいて、待ってくれと、坐り直してから、その後《のち》は、間《ま》をへだてても、キチンと正坐して聴いたものだといいます。で、そのお父さんが、何かにつけて、御褒美《ごほうび》をくださるのに、女の子の、浜子が望むのは、刀なので――
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