るのです。彼処《あすこ》のうちの台所は、とても立派な、調理用ストーブが並んでいるし、井戸は坐っていて酌《く》めるように、台所の中央《まんなか》にあるし、料理は赤堀先生の高弟で、洋食は、グランド・ホテルのクック長が来ていたから、おばさんの腕前は一流です。それに、山谷《さんや》の八百善《やおぜん》は妹の家《うち》ですから――」
 江戸《えど》の味覚は、浅草山谷に止《とど》めを差すように、会席料理八百善の名は、沽券《こけん》が高かったのだった。
「浜子さんが、ムッと黙っているので、おばさんが、その代りにニコニコ、ニコニコして、阿亀《おかめ》さんがわらっているように、例《いつ》も笑い顔をしてるでしょう。」
「そうや、そうや。」
 鼓村氏は、浜子が体が弱いので、転地ばかりしているから、その時持ってゆくのに具合の好《い》い、寸づまりで、幅の広い箏を、正倉院《しょうそういん》の御物《ぎょぶつ》の形《かた》ちを模して造らせた話をした。
「箏の裏板へ大きな扉《とびら》をつけて、あの開閉で、響きや、音色《ねいろ》の具合を見ようという試みね、巧《うま》くいってくれればようござんすね。」
 あの箏の、裏板のバ
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