したものね、気むずかしい方《かた》に、実によく勤めていました。」
 衷氏が歿《な》くなった時のお通夜や、仏事の日などは、ありとある部屋に、幾組といってよいかわからぬほどのお客をして接待した欣々女史、その新盆《にいぼん》には、おびただしい数の盆燈籠《ぼんどうろう》を諸方から手向《たむ》けられたのを家中の軒さきから廊下から室内《へやのなか》の天井へずっとかけつらねさせたという、豪華なことのすきな彼女が、練馬の新築の家では、夜になるとピンピン、キシキシと、木材のひわれる音に神経を悩まして、いやだというように弱くなってしまったとは、美貌の誇りと、栄華の夢のさめぎわの、どんなにさびしいものかという底に、それよりほかの根はなんにもないであろうか? あたしは否《いいえ》といいたい。
 それは派手な気質もあったであろうが、あれだけの珍しい才能の人に賑《にぎ》やかしにばかり反《そ》れていった一面も見なければならない。あたしははじめてあったあの宵節句《よいぜっく》の晩の感想を、こんなふうに書きつけてある。
 ――まだ春寒い夜更《よふ》けの風に吹かれて門を出ながら、しみじみと、この華やかな人の心のかげに潜む
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