子もあまり遠くないところに移って来ていた。
「もう直《じき》に、練馬《ねりま》の、豊島園《としまえん》の裏へつくった家《うち》へ越すので『女人芸術』のと、あなたのとの判《はん》をこしらえてあげたいって。」
 そういった浜子は、何処かさびしげだった。自分も、横浜のとても好《い》い住居《すまい》も若い時から造らせた好い箏《こと》も、なにもかも震災の難にあって、命だけたすかった、身に覚えのある痛手《いたで》なので、
「江木さんもさびしいでしょうよ。」
と、たった一人の孤独なので、此処まで来るにも、手提《てさ》げを二ツ、鍵《かぎ》やら銀行の帳面やら入れてさげてこれは大切だといったと語った。あの女性《ひと》が――と、聴くものも、いうものも、ただ顔を見合った。また、その次だった。もうその時分には、練馬の新築に越していたのだが、
「江木さんところから今朝《けさ》、真新らしい萌黄《もえぎ》から草《くさ》の大風呂敷包《おおぶろしきづつみ》がとどいたから、何がこんなに重いのかと思ったらば、土のついた薩摩芋《おいも》で。」
と、浜子はおかしがりながら、何か気にかかるふうでもあった。
 それから間もなく、彼女
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