た。
「おやおや、この分では、仕舞《しまい》まで拝見するのかもしれない。」
浜子は、むずとして、軽く古い箏《こと》の絃《いと》に指を触れながら、そんなしゃれを言った。
二
その名箏《めいそう》も、あの大正十二年の大震災に灰燼《かいじん》になってしまった。そればかりではないあの黒い門もなにもかも、一切合切《いっさいがっさい》燃えてしまったのだ。軽井沢の別荘から沓掛《くつかけ》の別荘まで夏草を馬の足掻《あが》きにふみしかせ、山の初秋の風に吹かれて、彼女が颯爽《さっそう》と鞭《むち》をふっていたとき、みな灰になってしまった。
「衷《ちゅう》が、あなたならお目にかかるというから、私の部屋に寄ってよ。」
と、あの時、大囲炉裡《おおいろり》に、大茶釜《おおちゃがま》をかけた前に待っていたむつむつしたような重い口の博士は諧謔《かいぎゃく》家だったが、その人も震災後の十四年に亡《なく》なられた。
時代ははっきりと変ってしまった。欣々女史の栄華がなくなってしまったからとて、彼女の才能は決してにせもの[#「にせもの」に傍点]ではない。だが、激しい世相の転回があった。世界的な思潮の動
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