層お古い、名箏《めいそう》があるようにうかがっておりましたが――」
と、はじめて浜子が声を出した。
「ああ、あれ御承知? すぐ出させましょう。」
 パチパチと手を打った。女中たちが顔を出した。浜子はちいさな声で、
「その箏《こと》でなんか弾《ひ》いて見ましょうか、真っ黒になってて、鰹節《かつぶし》みたいな古い箏だけれど、それは結構な音《ね》を出すの。」
 虫の好《い》い話で、浜子は他人《ひと》さまの名器でよき曲を、わたしの耳に残してくれようというのだ。わたしも横道《おうどう》にも、
「やってよ、箏爪《ことづめ》はなくたって好《い》い。」
「いえ、それはあるにはある。」
 浜子は、何処《どこ》からか、たしなみの箏爪の袋を出した。なるほど鰹節のように黒く幅のやや細い箏《そう》の琴が持ち出されると、膝に乗せて愛撫《あいぶ》した。毛氈の上では華やかに、もうはじまりだした。お対手《あいて》の弾手《ひきて》や三味線の方の女《ひと》も現れて来て、琴の会のような賑《にぎわ》しいことになっている。
 鼓《つづみ》の箱も運び出されて来た。鼓と謡《うたい》は堂に入《い》っているといわれている彼女《ひと》だっ
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