したちは、充分に見た。長く曳《ひ》いた引き裾《ずそ》の、二枚重ねの褄《つま》さきは、柔らかい緑色の上履《スリッパ》の爪《つま》さきにすっとなびいている、紫の被衣《ひふ》のともいろの紐《ひも》は、小高い胸の上に結ばれて、ゆるやかに長く結びさげられている。
胸の張りかた、褄の開きかた、それは日本服であって立派な夜会服《イブニング》のかたちだ。肩から流れる袖のひだ[#「ひだ」に傍点]など、実になめらかに美しい。そして、胸のふくらみから腰から脚へかけての線など、その豊饒《ほうじょう》な肉体の弾力のある充実を、めざましく、ものの美事に示している。
切子《きりこ》の壺《つぼ》のような女性《ひと》だ、いろんな面を見せてふくざつにキラキラしている。
気の弱い男だったらあがってしまうだろうな。と、その個性の高い香気を讃美しながら、ひきつける魅力の本尊は何処《どこ》かと、彼女の眼を見た。
彼女の双眼は、叡智《えいち》のなかに、いたずら気《ぎ》を隠して、慧《さか》しげにまたたいていた。引き緊《しま》った白い顔に、黒すぎるほどの眼だった。もとより黒く墨を入れているのでもなければ睫毛《まつげ》に油をうけているのでもなく、深い大きな眼に、長すぎるほどな睫毛が濃かった。眉《まゆ》がまた、長くはっきりとしていて、表情に富んでいる。
――晴れ曇る、雨夜《あまよ》の、深い暗《やみ》の底にまたたく星影――そんなふうに、彼女の眼はなんにも、口でいわないうちに何か語りかけている。
彼女が立ったとき、椅子のふちにかけた手は、妖《あや》しく光った。指輪にしてはあまりにきらめかしいと見ると、名も知らないような宝石《たま》が両の手のどの指にも煌《きら》めいているのだ、袖口がゆれると腕輪の宝石《いし》が目を射る、胸もとからは動くとちらちらと金の鎖がゆれて見える。
彼女の毛は、解いたならば、昔の物語に書いてある、御簾《みす》の外へもこぼれるほど長いに違いないほどたっぷりと濃いのを、前髪を大きく束髪《そくはつ》も豊かに巻いてある。
「こうして、ちゃんとしてお目にかかるのははじめてだけれど、あなたはあたくしのことはよく御存じだから――たったひとつあなたには聴いておいて頂きたいことがあるのよ。」
彼女はあたしの友達の、箏《こと》の名人の浜子《はまこ》を見てつけたした。
「折角《せっかく》お招き申してもおさびし
前へ
次へ
全11ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング