武子さんはなみなみの小さい器ではない。
 しかし、愛された父法主は逝《ゆ》き、新門跡は印度にいてまだ帰らず、ここで、木のぼりをしても叱られないでお猿《さる》さんと愛称された愛娘《まなむすめ》に、目に見えない生活の一転期があったことを、見逃《みのが》せない。それは、新門跡夫人の父君、九条|道孝《みちたか》公が、家扶《かふ》をつれて急いで東京から来着し、主《おも》な役僧一同へ、
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――かねて双方の間に約束いたしおきたることは、もし当山に万一の事ありし時は、速《すみや》かに私が罷《まか》り出て、精々《せいぜい》御助力いたすべく――
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 これはみな、前記山中氏の著書のなかにあるから、信頼してよいものと思う。こうなると、前法主お裏方《うらかた》の勢力も、お生母《はら》さんのお藤の方もなにもない、お裏方よりは愛妾《おめかけ》お藤の方のほうが、実はすべてをやっていたのだというが、もはや新門跡夫人の内房《ないぼう》でなければならない。と、同時に、武子さんの位置もおなじお姫さまでも、かわったといわなければならない。
 十八、十九、二十と、山中氏の著書の中にも
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