録された詠草の最初にあった、
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百人のわれにそしりの火はふるもひとりの人の涙にぞ足る
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の一首に、これまでの武子夫人の歌に見られなかったような情熱を覚えると同時に、かなり感激した心持でこの新しい歌集『白孔雀』の編輯《へんしゅう》に従うことが出来たのであった。
この十一月初旬、この遺稿の整理をしに往《い》った別所温泉は、信濃路《しなのじ》は冬の訪れるのが早いのでもう荒涼たる色が野山に満ちて、部屋の中にいても落葉の降る音が雨のように聴えた。が、手録の詠草を一首々々読んでゆくうちに、私の耳にはだんだんそんなもの音も聴こえなくなった。私は真実味の深い歌が見出される度《たび》ごとに、若うして世を去った麗人を傷《いた》むの情に堪《た》えなかったのである。
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死ぬまでも死にての後もわれと云ふものの残せるひとすぢの路
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そういう死をうたった歌や、
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この胸に人の涙もうけよとやわれみづからが苦しみの壺
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といったような悲しみの歌を読むと、私の目はひとりでに潤《うる》んだ。
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