と、
「よろしいように」
と静かに答えるだけだったという。
印度では光瑞《こうずい》法主一行の、随行員も多く賑《にぎ》わしくなった。少女時代をとりかえしたように武子さんが振舞うと、明るい笑声のうちに、いつも姿を見せないのが良致氏であったという。籌子夫人が気にすると、船室にかくれて読書しているという。一方が明るくなると、一方はだんだん寡黙になる。
船室でお茶がすんで、ボーイが小さなテーブルの上をかたづけにくると、武子さんは立上る、
「では失礼します。」
「どうぞ。」
水の如き夫妻だ。
武子さんも気にせず、良人もそれに不満足を感じるような、世俗的なのではないと、山中氏はいっていられるが、しかし、わたしははっきり言う。それはどっちかが軽蔑《けいべつ》しているのだ。どっちかがすく[#「すく」に傍点]んでいるのだ、でなければもっと、重大な、何か、ふたりは、表向きだけの夫婦ごっこ、互に傀儡《かいらい》になったことを知りすぎているのだ。性格的相違だけには片づけられないものがある。そして、短かい外遊期間中なのに、良致男は別居してしまった。だが、武子さんは社会事業の視察、見学をおこたらなかった。
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