襲と伝統の殻との束縛よ、進取的な、気宇の広い若人《わこうど》たちには住みにくい世界よ、熟議熟議に日が暮れて、武子さんの心はぐんぐんと成長してゆく、兄法主には、大きく世界の情勢を見ることを啓発され、うちにはロシアとの戦争に、報国婦人団体が結成され、仏教婦人会の連絡をとり、籌子《かずこ》夫人について各地|遊説《ゆうぜい》に、外の風にも吹かれることが多くなって、育ちゆく心はいつまでおかわいいお姫《ひい》さまでいるであろうか。人を見る目も出来れば人の価値も信実もわかってくる。阿諛《あゆ》と権謀の周囲で、離れてはじめて貴《たっ》とさのわかるのは真《まこと》だけだ。
 一葉《いちよう》女史の「経《きょう》づくえ」は、作として他《ほか》のものより高く評価されていないが、わたしはあの「経づくえ」のお園の気持ちを、いまでも持っている女はすけなくはなったであろうが、あるとおもう、明治年代の、淑《しと》やかに育てられた、つつしみぶかい娘には、代表してくれている涙を包んでいる。あの中には、一葉女史の悲恋をも多分にふくめているが、武子さんにあの読後感をききたいとおもいもした。無論、あすこはぬけ出てしまって雑誌『
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