いいだす。それも、折角だから、雪風呂にはいりたいといって、雪を嫁さんに掻《か》きあつめさせて沸《わ》かさせる。今日のようにガスや、石炭などはない、薪《まき》で燃す時分にである。
だから、お八重さんは、勝気な血がどうしても鎮《しず》まらないと、生《いき》の好い鰹《かつお》を一本買って腸《わた》をぬかせ、丸で煮て、ちょっと箸《はし》をつけたのを、下の者へさげたりする。あるときは、大丸(有名な呉服店)へ、明石の単衣《ひとえ》物を誂《あつら》えて出来上ってくると、すぐさま、たとう紙から引出して素肌に引っかけ、鬼眼鏡の目をぬすんで、戸棚の中へはいって昼寝をする。一度でも、好みの衣類に手を通したよろこび――それで堪能《たんのう》していたのだった。
唐物屋は――小売店の唐物屋は、舶来化粧品から雑貨類すべてを揃えて、西洋小間物雑貨商などのだが、問屋はその他、金巾《かなきん》やフランネルの布地《きれじ》も主《おも》であり、その頃の、どの店でも見ない、大きな、木箱に、ハガネのベルトをした太鋲《ふとびょう》のうってある、火の番小屋ほどもあるかと思われる容積の荷箱が運びこまれて、棟の高い納屋を広く持ち、
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