毎月|晦日《みそか》そうじがすむと、井戸やおへっつい[#「おへっつい」に傍点]を法印《ほういん》さんがおがみに来て、ほうろく[#「ほうろく」に傍点]へ塩を盛り御幣《ごへい》をたてたりしても、父も別段やめろともいわなかったようだ。
その法印さんは眼のくぼんだ、色の黒い人で、小柄で、髪の毛をチョンボリ結んでいたようだったが、はっきりとしない。神田今川小路の方の河岸《かし》つきの、引っこんだところに閑寂な小庭を持って、茶席めいた四枚障子の室《へや》がとっ附きにあって、その室のうしろは土蔵で、蔵住居らしかった。かなり物好な住居であったのであろうが、あんぽんたんがわすれないのは、法印さんではなくって、娘のお染さんという女だった。
娘といっても、お染さんは、三十を越していたかと思うがその頃のおつくりは地味ゆえもっと若かったのかも知れない。大柄な、色の白い人で、別段|別嬪《べっぴん》とは思わないが、『源氏物語』の中の花散る里――柳亭種彦《りゅうていたねひこ》の『田舎源氏』では中空《なかぞら》のような、腰がふといようで柔らげで、すんなりしていて、裾《すそ》さばきのきれいなのが、眼にしみて消えないの
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