だった。花散る里を、後日お染さんによそえたのは、お染さんを忘れない日に見たその庭に、一本の梅の木があって、花が咲いていたのが、そんなふうに思わせる種だったのかも知れない。
お染さんのことで、母が、こんなことをいったのを、子供は耳をとめていたのだ。
「お染さんが手拭《てぬぐい》を出すのに、どれにしようかって、葛籠《つづら》をあけると、役者の手拭ばかりが一ぱいはいっていて――」
あきらかに、驚嘆しているうちに、お染さんの何かを語っていたが、法印さんが死にでもしたのか、それきり家とは縁のない人になってしまった。
「乾山《けんざん》の皿はどっさりあったのだが、みんな、法印に賺《す》かされて、もってってしまわれやがった。」
父は巻舌《まきじた》で、晩酌をやりながら、そんなことを言った。法印さんは、そんな品《もの》も見る眼があったのだろう。
「おたきは、法印が仲人《なこうど》だもんだから。」
と、母が遠慮して、ほしがると何んでもやったというふうにいったが、母は、深川の豪商、石川屋という廻船問屋の御新造で、花菊といった自分の伯母さんの手|許《もと》に、小間使をしていたのだから、法印さんは、その
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