さんの天ぷらの立食は、なんとまあ呆《あき》れたものだというわけだったのだ。示しがつかないでございましょうとお爨《さん》どんでさえいうのだ。
 立食旦那の家は、店蔵、中蔵、奥蔵、荷蔵と、鍵《かぎ》の手につらなって、何処《どこ》もかも暗い大きな家だった。奥深い店の、奥の方の棚に、真鍮《しんちゅう》の火鉢の見本が並《なら》べてあるのが、陽《ひ》の光がどこからさすのか、朝の間のある時、通りがかりに覗《のぞ》きこむと、黄色くキラキラ光っていて、黄昏《たそがれ》に御仏壇を覗《のぞ》いたような店の家だった。
 ああいう家は、金がうなってるんだと、よく、町の細かい人たちは噂《うわさ》していた。庭は、横の新道までぬけた広いのだのに、住居にしている中蔵の前に、コチョコチョと石を積上げた築山《つきやま》をつくり、風入れや、日光をわざと遮《さえぎ》ってしまって、漆喰《しっくい》の池に金魚を入れ、夏は、硝子《ガラス》の管で吹きあげる噴水のおもちゃを釣るした。
 湯がえりの下駄の歯がカラカラ鳴って、星が光る霜夜に、
「ま、め――煎《い》りたてま、め――」
と火をぱたぱた煽《あお》ぐ音をさせたり、
「いなりさん――
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