ると、
「××屋は、すっかり殿さまぶっちまやがって、芸妓《げいしゃ》が来ても、おお、来たか、近う近うなんていやがる。夜っぴてよ、蝋燭《ろうそく》でよ、銭勘定したり、横浜までゆくのに、旅費がなくって、宿場《しゅくば》の牛太郎《ぎゅうたろう》までしやがったことわすれてやがる。」
それは横浜に居ついて、旧大名の真似をした暮しをしている、輸入商になった、当り屋仲間のことだった。そのまがい殿様の奥さまは、大柄な、毛の多い、顔色の悪い女で、つとめをしていた女の上りだった。
××屋は広い店と、広い住居をもっていて、主人は白い長い※[#「月+齶のつくり」、第3水準1−90−51]鬚《あごひげ》をひっぱり、黒ちりめんの羽織で、大きな茵《しとね》に坐り、銀の長ぎせるで煙草《タバコ》をのみ、曲※[#「碌」のつくり、第3水準1−84−27]《きょくろく》をおき、床わきには蒔絵《まきえ》の琵琶《びわ》を飾り、金屏《きんびょう》の前の大|瓶《がめ》に桜の枝を投げ入れ、馥郁《ふくいく》と香を※[#「火+主」、第3水準1−87−40]《た》くというおさまりかたなので、
「いやな奴《やつ》だ。」
と、くさしながら、
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