った。何か張紙がしてあって、巡査さんが熱そうな顔をしていた。交番の前は、遠くから黒山の人だかりでもみあっていた。そろそろ帰ってゆくものもあって、その人たちは、青くひきしまった顔附きで家へと急いだ。今思えば、宣戦布告と召集の張紙であったのであろう。もう涙ぐんでいる娘さんや、前垂れを眼にあてている女《ひと》もあった。何しろ下駄の音は絶間なく走った。
ここで一言いわせてもらえば、ここまで書いてきた日本橋で、私《あたし》という子供が、すこしでも小利口に見えるようならば、書きかたが大変わるく、なっていないのだ。一月ほど前に北京《ペーピン》から帰ったあんぽんたんの妹おまっちゃん(前出)が、成城女学部にいる姪《めい》をつれてきて、何かクスクスにこついていたが、曰《いわ》く、
「あなたって子は、ずいぶん呑気《のんき》な、阿呆《あほ》ったらしい子でしたがねえ、ええ、かなり大きくなったって、何だかぼんやりしてたわ。」
正《まさ》にその通り、総領の甚六と、利発な妹とであったのだ。
その甚六が俳句をつくる真似《まね》をする――私は和歌のつもりだったのだが――当時父が俳書をひねっていたので、母は一概にそう
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