紫色のスタンプなぞは、まだ見られないのだった。問屋筋のかたぎのうちでは、大きな、極印《ごくいん》のような判をベタベタと押した。実印も黒色《くろ》だった。それが朱肉の、奇麗な印判《いんばん》になると、自然古い商業の、法則と反したものが流れてきて、古い取引が倒れたり、新らしいやりかたが破産したりしたものと見える。
あたしの家の近所で、一番早くなくなったのが、両換屋《りょうがえや》と、煙管《キセル》のらお[#「らお」に傍点]問屋だ。
大問屋町にすむと、土地の名によって、地方取引先の信用につなげるので、この大店《おおたな》の中にあって、びっくりするような小店舗がある。こういう人はきっと他所《よそ》から、必ず成功しようと、掻分《かきわ》けて潜《もぐ》り込んでくるのだから意気込みが違う。笑われようと呆《あき》れられようと、そんな事にはむとんちゃくで、活気が資本《もとで》だ。
隣り蔵と隣り蔵との間に、便宜上露路のある場処がある。片っぽの土蔵のほんの差《さし》かけが、露路口にあって、縄を収《しま》う納屋にでもなっていると、その、たった畳《たたみ》一畳もない場所を借りうけようと猛烈な運動をする。
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