壮士が、幕府の倒壊をよそに見、朝臣《ちょうしん》となり、転じて自由党に参加して野人《やじん》となり、代言人となった彼は、自由民権といい、四民平等ということに、どんなにか血を湧《わ》かしたのであろう。それは一人の江戸町人の忰《せがれ》ばかりではない、国をあげて平民はよろこんだのだ。
 ――俺《おれ》たちの時世がくる――
 それが六十二議会で、議会は爛《ただ》れきったものになって民心に嫌厭《けんお》をさえ感じさせるようになろうなどとは思いもかけず、彼は赤黒くなるほど飲んで祝したのだ。

 私は十才《とお》にならない小耳にも、よく父が、
「俺は六十になったら代言人(弁護士となっていたかもしれない)をよす。若いものも、華《はな》やかに隠退させるといっている。」
と口ぐせのように言っていたのを覚えている。淡白で、頑固で、まけずぎらいで、鼻っぱりだけ強い、やや軽率と思われているほど気の早いところのある、粘着性のうすい、申分ないほど、末期的江戸|気質《タイプ》を充分にもった、ものわかりはよいが深い考えのない、自嘲《じちょう》的皮肉に富んだ、気軽で、人情深くユーモアな彼は、なんとしても自分が法律なんぞ
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