ら教えるという賢人|面《づら》、または博識《ものしり》顔をするからだ。そして、いう事が非凡人のことばかりだからだ。
 ところが、祖母《おばあさん》は面白い凡人なのだ。この祖母、前にも言ったかも知れないが字を知らない。きくところによると無学|文盲《もんもう》とは、落語家《はなしか》などにいわせると馬鹿の代名詞だが、決してそうでないので、ただ、学をまなばず、字に暗しであるので、文盲とは、文字だけに盲目《めくら》であるというのだ。この祖母はまさにそれを証拠だてている。心の眼は甚だ明らかであるのに、文字だけが見えないのだ。気の勝った人だったから、あるいは文字をよく空んじていたら、おそらくあんぽんたんの祖母ではなかったろう。
 だが、この祖母、一|市井人《しせいじん》として、八十八の老婆で死んだのだが、手習師匠へもってゆく、お彼岸の牡丹餅《ぼたもち》をお墓場《はか》へ埋めてしまったのから運命が定まったのだといえば、人間の一生なんて実に変なものだ。とはいえ環境が人をつくるというが、祖母自身も、好学心がなかったのだともいえる。しかし、徳川文明の爛熟《らんじゅく》の結果、でかたん[#「でかたん」に傍点
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