お坊さんは、壇の上の独鈷《とっこ》をとって押頂《おしいただ》き、長い線香を一本たて、捻香《ねんこう》をねんじ、五種の抹香を長い柄《え》のついた、真ちゅうの香炉《こうろ》にくやらす。そして徐《おもむ》ろに、衣の袖を掻《か》きあわせ、瞑目《めいもく》合掌の後、しずかに水晶の数珠をすりあげ、呟《つぶや》くようにひくく、
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ぢん未来《みらい》さい――
帰依仏
帰依法経――
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とかなんとか、涼しい、低くよく通る声で、だんだんに皆をひっぱってゆく。
 祖母は、有難い御僧《おんそう》に、褌《したおび》の布施をする時は、高僧から下足のおじいさんにまで、おなじように二締《ふたしめ》ずつやった。祖母は別段、和讃歌もお経も覚えようとしなかった。松さんがその事を帰りに訊《き》いたら、
「空念仏《そらねんぶつ》だ。」
といった。では、なぜ毎晩参詣なさいますといったら、こう答えた。
「老人《としより》は家《うち》もすこしはあけてやるものだよ。」
 門前の汁粉屋は、人の帰り足をきくと、毎晩かかさず立寄る祖母と、その仲間のために、おしるこを熱くし、おぞう煮もつくってお
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