しないであろうに――祖母は十九で自己を建設のために遠く出て来た人、私は時代の激しい潮流に押流された江戸人の、残物の、アブクのようなものをうけて生れて来て、文学をよく知らずに、文学でお金をもらうことを覚えた不覚者、そこの相違である。だが、服用していることもある。
「芝居などにゆくのは三度を一度にして、そのかわりものを惜むな。」
芝居――それより娯楽をしらなかった昔の女は、芝居といったが、それは旅行にも、その他のこともおなじである。これは、当今の、いかに安価に、いかに手軽にというのと、違いすぎる言いかただが、私はいい教えだと思っている。チビチビ、ケチケチ、ならしにしてなまけているのはいけない。自分ばかり愛すと物惜みにもなる。私の母はよく呟《つぶや》いた。
「あのやかましい祖母《おばあ》さんに、十八年も仕えるなんて、なまやさしい辛棒じゃない。」
けれど、また静かに祖母の長い間の教えを思出すと、
「だけれど、あの方にやかましく言われなければ、私なんぞは、それこそなんにも分らなかったろう。」
それはたしかにそうで御座いましょうと私は言う。あの木魚のおじいさん(前出)と、そのおかみさん(前出
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