おしょさんの若い時分はどんなだろう、盲目のおばあさんの、大名のお部屋さま時代はどんなだろう。そこに、くさ草紙《ぞうし》の世界が現われ綿絵の姿が髣髴《ほうふつ》とした。田之助《たのすけ》が動き、秀佳《しゅうか》が語る――
「ヘイ、お暑う、伝吉でございます。」
芝居茶屋の若い衆――といっても、もう頭の禿《はげ》ている伝さんが、今戸《いまど》のおせんべいを持ってくる。
「いい香《にお》いだね。」
おしょさんは袋をあけて見ながらいう、そこのおせんべいは、持ってくる時間をいって、頼んで焼いておいてもらうのだから、ほんとの親切を悦《よろこ》んですぐお茶を入れさせる。
「こんどはひとつどうぞ。」
芝居の話と伝さんの娘の話をして、さんざい袋をもらってかえる。と、入れちがいに、
「へえ、伝さんが来ましたか?」
と女中さんと話ながら清《せい》さんが入って来た。伝さんとおなじの、黒い、麻の着物の尻《しり》はしょりをおろして、手ぬぐいで、麻裏草履を穿《は》いて来た足前《つまさき》をはたいて、上って来て、キチンとお辞儀をした。
「お暑うございますな。」
茶献上《ちゃけんじょう》の帯の背にはさんだ白扇をと
前へ
次へ
全18ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング