ろの人は水の味をよく知っていた。どこの井戸はくせ[#「くせ」に傍点]がある。この水は甘い、あそこのは質《たち》が細かい――女中さんは自慢で手桶のふたをとる。今日のは何処《どこ》のですかおあてになってごらんなさいと――
金魚も水をとりかえてもらって跳上《おどりあが》っているのであろう。私の鉢のまるっこの子は、大きくなったかしら、背中がはげてきたかしら、目高《めだか》がつッつきゃしないかしら――
「ねえおまっちゃん、弁慶蟹《べんけいがに》ね、なにを食べてるだろう。」
おまっちゃんもちょっと不安な顔をする。つくばいの吸込みの小さな穴へもぐってしまった弁慶蟹の子が、年々大きくなって、片っぽの鋏《はさみ》だけがやっと穴から出せる位に、吸込みの穴の中で成長してしまった。右の手をだして、穴のまわりの青苔をはさんで食べていたが、もう手のとどくところには苔がなくなっていたのだ。根の赤い、ギザギザのある奇麗な、そして不具な片手が穴の中から差出されると、小さい時分にはよく抓《つま》み出してやった大人たちは、意固地《いこじ》に逃込むのを憎がって、この頃は手をだすのを見つけるたんびにざまあみやがれと言って笑
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