った。子供はその大人を憎んだ。誰もがいないと、おまんまつぶを持っていってやった。好きな沢庵《たくあん》もやった。沢庵を裂いてやるとよく知っていてはさんだ。此方からは見えなくっても、穴の中からは見えるのかも知れない、小さな眼が覗《のぞ》いていたのでもあろう。
私たちは小さな亀の子をほしがった事がある。壱銭銅貨位のや天保銭位の大きさのを買ってもらって悦んだが、飼《え》に蚯蚓《みみず》をやるので嫌いになった。私は蛇より蚯蚓が厭だ。蛇は下町にはいないから話以上伝説化した恐怖をもちはするが、見たことがないから蚯蚓の方が気味がわるかった。その蚯蚓の太いのを、小さな亀が食べる。しかも、背中を突ッついても石っころのように堅くねむってでもいたようなのが、餌を見ると猛然と首を伸してかぶりつき、掌《て》を拡《ひろ》げておさえる。大きさからいえばあんぽんたんが大蛇にむかったようなのに、蚯蚓の胴中からは濁った血――液《しる》が出てくる。亀の子はお爺《じい》さんのような皺《しわ》だらけな頸《くびすじ》をのばし、口は横まで一ぱいに裂け、冷やかな眼をうごかさずによせている。不思議なことに、後年よく見たのだが、その眼
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