知らないのに、幾度も幾度も唾を吐《は》いた。すぐに散ってしまうと手を叩《たた》いて歓声をあげる。
帰ると盥《たらい》を出して水をあびる。溝《どぶ》に糸みみずのウヨウヨ動いているのを見つけて、家の金魚のおみやげだと掻廻《かきまわ》す。邸町《やしきまち》の昼は静かで、座敷を大きな揚羽蝶《あげはちょう》が舞いぬけてゆく。お砂糖水をこしらえようと砂糖|壺《つぼ》をあけたら、ここにも大きな蝶がじっとして卵をしている――私たちはウワッと叫んだ、なにもかもが珍しいのだった。
だが、ふと、自分の家の午後も思出さないではない。みんなして板塀《へい》がドッと音のするほど水を撒《ま》いて、樹木から金の雫《しずく》がこぼれ、青苔《あおごけ》が生々した庭石の上に、細かく土のはねた、健康そうな素足を揃えて、手拭で胸の汗を拭《ふ》きながら冷たいお茶受けを待っている。女中さんは堀井戸から冷《ひや》っこいのを、これも素足で、天びん棒をギチギチならして両桶に酌《く》んでくる。大きな桶に入れた麩麺《そうめん》が持ちだされる時もあるし、寒天やトコロテンのこともあるし、白玉をすくって白砂糖をかけることもある。
――そのこ
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