ない用心に、あいたあいたと言った。と、いかなぞん気[#「ぞん気」に傍点]ものでも吃驚《びっくり》して立止まるか静かにあるくかする。一挙両得、叱らずに叱られずにすむ妙諦《みょうてい》である。
そんな家から小官員《こかんいん》さんの新家庭へゆくと、伯母さんは多い毛をお釜敷《かましき》のような束髪にねじって、襟なしの着物で、おかみさんでもひっかけ[#「ひっかけ」に傍点](帯の結びよう)でなしに、ちりめんの前掛けも締めないで、机のような大きなお膳へ白い布をかけて、夕飯の時には若い牧師さんも来て座って、いろんなお皿が出てもすぐ食べないで、鉄ぶちの眼鏡をかけたその若い牧師さんが、小さな本を開いて、なんだかブツブツ言うと、みんな頭を垂れていて、終《しま》いにアーメンと呟《つぶ》やいて額と胸とに三度十字をきる。でも、大人でも、よっぽど待どおしいと見えて十字は実に早くやる、お茶碗もすぐ口にもってゆく。食物《たべもの》は家のよりまずいが牛乳の缶《かん》は毎朝台所にぶらさがっている。伯母さんは鶏卵《たまご》の黄身《きみ》をまん中にして白身を四角や三角に焼くのが上手だ、駿河台へニコライ堂が建つとき連れてって
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