からさきに避けた。
「そらお父さんがはじめた、みんな退《ど》いておいでよ。」
私はなんとなしに、父の仕事に興味をもった。よく傍《そば》にいた。父は顎《あご》であっちへいっていろと指し示した。私は室のそとから覗《のぞ》いていると、父は居合を――声もかけずに、すらりと座ったままぬくのを試している。二ふり三振り刀を振って、また惚《ほ》れぼれと見ている。みだれとか、焼刃の匂いとかいうものを教えてもらったのもそのころだ。
私と父との静な問答がはじまる。
「お父さん剣術つかいがいい?」
「うん。」
「絵かきがいい?」
「うん。」
「なにが好《い》いの?」
「お父さんはな、八歳か九歳の時分手習師匠が大変可愛がってくれた。するとな、雷《かみなり》師匠といわれた手習のおしょさんの近所に国年《くにとし》という絵かきがいてな、絵を教えてくれて、これも大変可愛がった。その時分|東両国《むこうりょうごく》に、万八という料理《おちゃ》やがあって、書画の会があると亀田鵬斎《かめだほうさい》という書家《ひと》や有名な絵かきたちが来てな、俺《おれ》を弟子にしようとみんなが可愛がってくれた。その頃の人たちが、紙へかい
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