、そこへゆくと、生れた時から自由の子だ、どんな奴にも、頭ぁさげるな、おんなじ人間だぞ。」
 私は父を愛す。晩年に近く失敗したけれど、それは殆《ほとん》ど父の仕業《しわざ》ではないほど私の知る父とは矛盾した事だった。私の筆はやがて其方へも進んでゆくであろうが、そこでは弁護しないが、父の壮年時代を知り、晩年を知るものは、なにのためにかを考えさせられる。父は後にいった。長く考えていたことを、ふと迷って、そしてまた長く悔ゆると――
 父の人格《ひとがら》がすこし変ったのは、中年過ぎて男の子が出来てから、母の狂愛に捲込《まきこ》まれてからだった。私につぶやいてきかせたころは、実に好きな父だった。夜、客のない時、お膳《ぜん》を前にしてチビチビやりながら書籍《しょもつ》を読んでいる。私を前におくのがくせだった。ふと気がついて書物から眼を離すと、おとなしく膳の前に座っている私に、お肴《さかな》をつまんで口に入れてくれた。(それは四つ五歳《いつつ》のころのことだが――)私は父が傍見《わきみ》をしながら猪口《おちょこ》を口にはこんで、このわた[#「このわた」に傍点]が咽喉《のど》につかえたのを見てから、い
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