羽織を着た、斬髪の伸びた村上先生がいた。御新《ごしん》さんは庭で――空地で、粗末な土《ど》べっついで御飯を焚《た》いている。その近所に、ショボショボと竹が生えているばかり、大きい方の娘さんは盥《たらい》で洗濯をしていた。入口の塀の近くに、さすが井戸だけはある。下の娘も黄色い顔で、外にもあんまり出なかった。
 このお医者さんは、外科はまるでだめだったと見えて、女中の足の指も腐らせてしまったが、あんぽんたんの父の手の外傷《きず》も例の膏薬で破傷風《はしょうふう》にしてしまった。がまん強い父が悪熱《おねつ》にふるえて、腕まで紫色に腫《は》れ上ってしまっても、彼は貝殻の膏薬を貼《は》りちらした。木魚のおじいさんが吃驚《びっくり》して、医の方で自分の先生のような木下さんという、旗本上りの顎髯《あごひげ》の長いお爺さんを連れて来て手術をした。妙なところへ東洋風の豪傑と江戸っ子の負け惜しみをもつ父は、かなりな大手術であったであろうに、わざわざ病室から離れまで出張して――枕も上らなかったように思えたのに、八端《はったん》のねんねこ[#「ねんねこ」に傍点]を引っかけて、曲※[#「碌」のつくり、第3水準1
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