隣りが滝床《たきどこ》――滝床といっても理髪店《とこや》ではない。小さな酒屋だ。店の向って右手に、石で袖をした中に大きな水桶があって、貧乏徳久利が洗ってあり、正面に盛切《もっき》りの台が拭きこんであって、真白な塩がパイスケに山盛りになって、二ツ三ツの酒樽《さかだる》と横に角樽《つのだる》が飾ってある店だ。赤ら顔の頭の禿《は》げた滝床は、大通りの大店をもっている廻り髪結さんだったのだ。だから酒屋さんの店にいるときはすけない。たまに店にいる時は、ずっと店の前の方へ腰かけをもちだして、お客に白いきれをかけて斬髪《ざんぱつ》をしているその道具が、菊五郎のおはこ[#「おはこ」に傍点]の『梅雨小袖昔八丈《つゆこそでむかしはちじょう》』の髪結|新三《しんざ》が持ってくるのとそっくりそのままのをつかっている。滝床親方は、ずんぐりした体にめくらじま[#「めくらじま」に傍点]のやや裾みじかな着附《きつ》けでニコニコ洋鋏《はさみ》をつかっていたが、お得意なのは土鉢に植えた青い、赤い実のなっているトマトだった。
尤《もっと》もトマトなんて、知っているものもすけなければ、食べることなどはなおさらだったであろう
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