赤い椿《つばき》が咲いて、春の日は流れにポタンと花がおちる。夏ははちすの花が早抹《あさあけ》に深い靄《もや》の中にさいて、藪の蜘蛛《くも》の巣にも花にも朝露がキラキラと光って空がはれていった。藪には土橋をかけて、冠木門《かぶきもん》の大百姓の広庭《ひろにわ》と、奥深く大きな茅屋根《かややね》が見えていた。お行《ぎょう》の松にむかった方には狩野《かのう》という絵師の家が、鬱蒼《こんもり》した中に建っていた。
お行の松は、湯川のおばあさんの茅屋からは左斜めの向側にあって、板小屋の不動堂とその後に寒竹の茂みのある幽邃《ゆうすい》な一区域になって、音無川が道路とへだてていた。裏の百姓家も植木師をかねていたので、おばあさんの小屋《こいえ》の台所の方も、雁来紅《はげいとう》、天竺葵《あおい》、鳳仙花《ほうせんか》、矢車草《やぐるまそう》などが低い垣根越しに見えて、鶏の高く刻《とき》をつくるのがきこえた。おばあさんの片折戸のせまい空地も弟切《おとぎ》り草《そう》が苔《こけ》のように生えて、水引草、秋海棠《しゅうかいどう》、おしろいの花もこぼれて咲いていた。
あたしにはその家がめずらしくってたまら
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