けい親しみが深かったのに、なんとなくその日の従姉は私から離れていってしまっていた。おあさちゃんの体の方が借りものになって、着物や簪の方が巾《はば》をきかせていた。
 その頃になって、藤木さんの世帯《しょたい》は、すこしばかりゆとりが出来た様子になった。根岸の鶯谷《うぐいすだに》の奥の植木師《うえきや》の庭つづきの、小態《こてい》な寮の寮番のような事をしながら、相変らずチンコッきりと煙草の葉選《はよ》りの内職だった。妹娘は常磐津《ときわず》を仕込んでいたが、勝川のおばさんの方へ多くいっていた。
 音無川《おとなしがわ》を――現今《いま》では汚れた溝川になっているが――前にした、静かな往来にむかって、百姓|家《や》の角に、竹で網んだ片折戸《かたおりど》をもった、粗末ではあるが閑寂《かんじゃく》な小屋に、湯川氏のおばあさんが、ポツンと一人住んでいたころなので、私が子供のくせにふさぎ[#「ふさぎ」に傍点]の虫を起すと、母は出養生《でようじょう》の意味で、あの心持ちの至極のんびりしたおばあさんの家へ私をやってくれるのであった。
 前にはざわざわ細流《ながれ》がつぶやいている。向うの藪《やぶ》には
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