ンコッきりをしていたのもその近所だった。はじめ私が発見した時、私は藤木氏なんぞ目にも入れなかった。忙《せわ》しなく煙草の葉を揃える人の手元や、ジャキジャキと煙草の葉を刻《きざ》んでいる職人の手許《てもと》を夢中になって眺めていた。
その日の夕方、いつものように来て、藤木さんは母に呟《こぼ》していた。
「今日ってきょうは弱ったのなんのって、汗が出たね。だんまりはいいがね、いつまでもいつまでも立って見ているのだからね。こっちのほうがなにか言わなくちゃならない気がして――」
だが真から心配そうにもいった。
「あんな道草していて、稽古《けいこ》にほんとにゆくのかしら?」
その翌日あたしは、藤木さんのチンコッきりを立って見ていてはいけないと誡《いまし》められた。そのついでに母と誰かが話していたのだが、チンコッきりおじさんは、職人としても好《よ》くないのだそうだ。細君の方は目が高くて、煙草の葉を選《よ》るのにたしかで早い、大事な内職人なので、その方を手離したくないために、役にたたない御亭主も雇っておいてくれる。家《うち》でも口やかましい人が外に出ていてくれるのだから、大切に、おがむようにして
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