流行はたいした勢いだった、月明に月琴を鳴らして通る――後にはホウカイ屋というのも出来たが――真面目で、伊太利《イタリー》の月に流すヴィオリンか、あるいは当時ハイカラな夫人がマンドリンを抱えているような、異国情緒を味わおうとしたのだった。
 私の家で、急激な母の変り方が、すぐまた前にもどったのに面白い些細《ささい》な訳があった。それは私たちをとても可愛がった酒屋が、利久そばやの前側にあって、隣家《となり》の家一軒買って通りぬけの広い納屋にした空地があるので、いい私たちの遊び場だった。二月の末になると赤い布をかけた白酒の樽《たる》が並べてあるのをかき廻しても叱りもしなかった。その酒屋の一人娘がワーワー泣いて阿父《おやじ》さんに叱られていたが、小さなアンポンタンの胸は、父娘《おやこ》のあらそいを聞いてドキンとした。
「そんな事をいったってお父さん、長谷川さんの御新造《ごしんぞ》さんだって、束髪に結って、細《こま》っかい珠《たま》のついた網をかけている。あんなやかましいおばあさんがいたってさせるのに、家でさせてくれないなんて――嘘《うそ》だというならいってごらん本当《ほん》だから! 買っとくれ
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