ったら買っとくれ、月琴も一緒に!」
 酒屋の娘だからでもないだろうが、お桝《ます》さんというその独り娘は、島田をゴロゴロさせて泣き喚《わめ》いた。
 阿父《おやじ》さんは、十《とお》にならない私には、新聞紙の一頁を二つに折ったほどの大きさの顔に見えた四角い人だった。胸毛も生えて、眉毛がねじれ上っていた。節瘤《ふしこぶ》だった両手両脚を出して、角力《すもう》の廻しのような、さしっこ[#「さしっこ」に傍点]でこしらえた前掛をかけて、白い眼だった。私は日本武尊《やまとたけるのみこと》の熊夷《くまそ》を思うとき、その酒屋の阿父を思出していたほどだった。塩鮭《しゃけ》は骨だけ別に焼いてかじった。干物は頭からみんな噛《かじ》ってしまうし、いなごや蝸牛《まいまいつぶろ》を食べるのを教えたのもこの人だ。それが怒鳴った。
「おれの家《うち》では買わせねえ、商業《しょうべえ》が違うのをしらねえか、どうしても頭に網をかぶせたきゃあ、そこにある餅網《もちあみ》でもかぶれ。」
 泣いていた娘と、青ぶくれな、お玉じゃくしのような顔の母親とは、キョトンとして、天井から釣るさがっている、かき餅のはいった餅網をながめた
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