何時になく機嫌よくニヤニヤするのでよけい気味が悪かった。
と、祖母が言った。
「おたき、眉毛が立って狸《たぬき》のように見えてじじむさい、それだけは剃ったがよい。」
母は嬉しくなさそうな返事をしたが、私はやっぱりお母さんだったのだと思った。急に黒襟《えり》のない着物を着たのと、髪の違ったのがなおさら人柄を違えて見せたのだった。
私たちはその頃輸入されたばかりの毛糸で編んだ洋服を着せられ靴をはかせられた。二階に絨緞《じゅうたん》が敷かれ洋館になった。お母さんが珍しく外出すると思ったら月琴《げっきん》を習いにゆくのだった。譜本をだして父に説明していた、父は月琴をとって器用に弾いた。子供のおり富本《とみもと》を習った母よりも長唄《ながうた》をしこんでもらっている私たちの方がすぐに覚えて、九連環なぞという小曲は、譜で弾けた。チンチリチンテン、チリリンチンテンと響くこの真《ま》ん丸い楽器がひどく面白かったが、練習《おそわり》にゆくところが勝川のおばさんであろうとは随分長くしらなかった。
私の家の外面的新時代風習はすぐ幕になってしまって、前よりも一層反動化したが、世間では清楽《しんがく》の
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