母たちは、勝川へ藤木の二女《むすめ》がずっといっているという事はしっていたのだった。
 さすがの花菊も、もうたいへんすたれ果てた年となっていたであろうが、お角力《すもう》は影の形体《かたち》を離れぬように、いつもぴったりと附いていた。御直参《おじきさん》ならずものたちは口が悪いから、宅などへくると、
「お角力はやっぱりいるさ。」
といって、
「あの角力も妙な男だよ。立派な図体《ずうたい》をして、なんでまあああしているのかねえ。まるで権助同様なあつかいで、あのおばさんのことだから、ポンポン言ってらあね。」
「商業でもしてるのかね。」
「どうしまして、台所やせんたくがなかなか忙しいのに、あれで道具運びの荷ごしらえに手がかかりますさ、力があるからお誂《あつら》えむきだが。」
「あの男だって相当な番附位置《ところ》にまではゆけたろうにな。」
「色の白い、体の奇麗な角力取りだったが、何も石川屋が没落したからって、自分も角力を没落しなくったってよさそうなもんだったのに。」
 だが、勝川お蝶さんの一生には、なくてならない人はこのお角力だったのだ。傍《はた》のものは道具はこびにお誂えむきだといったが、お角力にはピッタリはまった役目があったのだ。彼は勇敢に若き日の一生をかけて、その力を、自分の愛するもののためにとっておいたのだともいえる。そしてその最後の日が来た。
 天理教の踊りがピッタリ逼塞《ひっそく》してしまうと、勝川おばさんの逼塞も本ものになって、手も足も出なくなってしまった。むかし、大川の河風にふかれて船の上で昼寝をした夢をしのびながら、陋居《ろうきょ》に、お角力の膝《ひざ》を枕《まくら》にして、やさしく撫《な》でられながら彼女の生涯は終った。
 あたしの母も、母の姉のお房さんも行った。夜更けて帰って来て、なにしろ家がせまいから、明朝《あした》また早くゆくといってくつろいでいた。その翌日いったらもう死者は家にいなかった。落魄《らくはく》御直参連一党がつらなって帰って来てつぶやいた。
「今度こそ角力が入用な人間だったってことがわかったよ、おばさんの役にたった一番目で、それがおしまいだ。」
「だが秀逸だ、あの男の。」
 父が出てゆくとみんな頭を揃えてさげて、
「ありがとうございました。取りかたづけはすみました、角力がひとりで、しょってしまいました。」
「そうか、あの男でも、それだ
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