けの準備はしてあったと見えるね。」
「ところが、それがね、しょってしまったって、一さいの事ではないのですよ。滑稽《こっけい》なことにはおばさんの棺桶《かんおけ》をしょってしまったんでさあね。」
「人夫にしょわせるのは嫌だとでもいうんでしょうね、お角力さんの心意気だあね。」
と母が言った。皆は笑った。
「とにかく、今夜はおれひとりでお通夜をします。長く世話になったからというから、家はせまいし、尤《もっとも》だと思ってまかせたら、奴《やっこ》さんその間に、すたこら、自分で始末して、棺に入れてしょって、火葬揚《やきば》へもってってしまったんで――おばさん死ぬまで、重宝な権助をつかまえといたもんだ。」
 だが、私の目には笑えない、生涯のそり[#「のそり」に傍点]とした、そのくせ誠実な大男が、愛した女の亡骸《なきがら》を入れた桶をしょって、尻《しり》はしょりで、暗い門から露路裏を出てゆく後姿をかなしく思いうかべられた。



底本:「旧聞日本橋」岩波文庫、岩波書店
   1983(昭和58)年8月16日第1刷発行
   2000(平成12)年8月17日第6刷発行
底本の親本:「旧聞日本橋」岡倉書房
   1935(昭和10)年刊行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2003年7月4日作成
2004年3月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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