そのおり人々が口にしたカメは、連れていた小犬ではなく、どうもその女の方をさして呼んでいた様子だった。西洋人《けとうじん》も傲慢《ごうまん》だった。泥靴のままで畳の上へ上っていった。
お正月元日は、大戸の上がところどころ明けてあった。お茶番のいる広い土間の入口の潜《くぐ》り戸をはいってゆくと、平日《いつも》に増してお茶番の銅壺《どうこ》は煮《にえ》たち、二つの茶釜《ちゃがま》からは湯気がたってどこもピカピカ光っていた。すぐ前の別座になっている、大格子の中が大番頭や、支配人や、一番番頭のいるところだった。頭の上の神棚にもお飾りが出来てお燈明《とうみょう》が赤くついている。そこの前の大飾りは素張《すば》らしい鏡餅《かがみもち》が据えてあった。海老《えび》もピンとはねていた。
夜があけるとすぐ羽根の音である。いつも番頭の並んでいる区画に、ずっと金屏風が――立派な画のもある――が廻《めぐ》らされて、そのうち側で羽根をつくのだが、それは朝のうちだけのことで近所の女たちが、見物に出かける時分には、屏風の前の方へ出てきている。小僧も、若者も、番頭も入交《いりまじ》りで、ゆかりのある家の女供や近所の
前へ
次へ
全20ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング