井戸があって、門内に渡り廊下の長い橋のある馬込《まごめ》さんという家があったが、そこの女中がお竹大日如来だったのだといって、大伝馬町の神輿《おみこし》の祭礼《おまつり》の時、この井戸がよく飾りものに用いられたが、ある時は団七九郎兵衛の人形を飾り、ある時はその家にちなんだお竹大日如来がお米を磨《と》いでいて、乞食《こじき》に自分の食をほどこしをしているのだった。
 その隣家《となり》に清元の太夫《たゆう》とかいう瓢箪《ひょうたん》の紋の提灯《ちょうちん》をさげた駄菓子屋があった。石筆や紙や学校用品を売っていたが、売手のおかみさんが上手なので、近いところよりも、生徒はそこに集まった。おかみさんは学校用品よりも、青竹の筒にはいった砂糖|蜜入《みつい》りのカンテンや、暑くなるとトコロテンの突いたのをお皿に盛って買わせた。おかみさんはよく話した。清元のお師匠さんをしている自分の旦那《だんな》が、非常に声がよかったので仲間にねたまれて、水銀をのまされたので、唄《うた》う方が出来なくなったので、仕方なしに三味線の稽古《けいこ》をしているのだと、芸人のかなしみを、子供が感じるようにしみじみというのだっ
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