は味噌汁がこぼれていた。老人《としより》の泥棒はまごついて外後架《そとごうか》へ逃込んで、中から戸を押《おさ》えていた。先生は持っている鞭《むち》で、戸をはたいて、
「出ぬか、出ぬか。」
と怒鳴った。見物の弥次馬《やじうま》は笑ったが、生徒たちは真面目《まじめ》で先生のいう通りに怒鳴った。そうすると泥棒は体をかくしたまま、戸の上から鍋だけさしだした。先生はその手首をグイとひいたので、味噌汁《おつゆ》を肩から浴びてしまったが、カッとした勢いで引出したので、汚い老人はブルブル顫《ふる》えながら出てきた。
先生は勝誇って揚々《ようよう》と、片っぽの手に鍋をさげ、片っぽの手で老人の肩をひっつかんで引摺《ひきず》った。大得意で先生は大通りを人形町の交番へと、老人を引渡しにいった。生徒も弥次馬も後からぞろぞろとつづいた。
おまっちゃんもあたしもその時だけは先生を憎んだ。なにをきかれても答えなかった。
祖母は秋山先生一家を信頼しきっていた。時折訪問したが、孫たちの方へは目もかけずに帰った。台所口から家の使《つかい》が、お盆へ乗せてふくさ[#「ふくさ」に傍点]をかけたものを持って来ていたが、厳
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