ゃんに持っていってやったが、おまっちゃんは見向きもしないで、窓に石盤《せきばん》をのせて、色石筆《いろせきひつ》であねさまを絵《か》いていた。あたしも仕方なしに佇《たたず》んでいた。すると、窓に並んだ勝手口の方で、カタンと金属《かなもの》の音がした。あたしも見た。おまっちゃんも見た。
 露地の出口を乞食《こじき》のような老人《としより》が出てゆく後姿が見える。その老人のさげてゆくものがカタンカタンと鳴る。
「鍋《なべ》が――鍋が、鍋が。」
 おまっちゃんは出来るだけの声をだした。
 秋山先生は御飯後の苦いお茶を喫《の》んで、蘭《らん》の葉色を眺め入っていた。
 老人は溝板《どぶいた》をドタドタと駈出《かけだ》した。鍋がガチャンとぶつかった音がした。台所からも御新造さんが怒鳴りだした。生徒たちもワーッと声をあげた。
 秋山先生は袴《はかま》の股立《ももだ》ちをとって飛出した。生徒もみんな加勢に飛出した。表通りからも、裏通りからも、番頭さんや小僧や、権助《ごんすけ》さんまでが火事と間違えて駈けつけてきた。
 泥棒はあわてて、向う裏へ逃げこんだが、それでも鍋はさげているので、逃げだした道筋に
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