《きた》ない濡《ぬ》れ手拭《てぬぐい》が肩掛のように結びつけられてあって、白髪《しらが》まじりの毛がそそげ立って、斑《まだら》にはげた黒い歯で笑われると、とても泣かずにはいられなかったのです。夏の、重っくるしい風のない蔵座敷のなかに寝せつけられて、そのコットン、コットンをきくときっと泣出した覚えはあっても、それが火のつくような泣方で、手もつけられなかったときくと、今ではその媼さんに気の毒な気がしますが、じきにその媼《ばば》はコレラで死んでしまって、その店もなくなってしまいました。
ある時、祖母の従兄《いとこ》だというおじいさんが伊勢から訪ねてきたことがありました。おじいさんはもう九十歳だといいました。祖母は八十ばかりでした。この二人は人世五十年以上逢わなかった様子で、しきりに懐しがっていました。わたしはそのおじいさんの赤とんぼ位のちょん髷《まげ》が、光った頭にくっついているのを、西洋人を見るより珍らしく見ていました。二階の広間で御馳走《ごちそう》をして、深川でもと芸者をしていたという二人の血びきのおたけさんという女を呼んで、人交《ひとま》ぜしないで御酒を飲んでいましたが、やがておじい
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